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治験翻訳の独特な世界 その2

人工呼吸
By Niels Olson (CC)

前回のエッセイでは、治験翻訳の世界で使われている独特な用語について述べた。

治験翻訳を独特のものにしているのは、言葉だけではない。制度や規則 ( 薬事 ) のことも頭に入れておかなくてはならない。治験とは、“医薬品の承認を目的とした臨床試験”のことだから、どうしても承認手続きに関連した行政的コンテンツが多くなる。つまり、お役所文書との闘いである。他の翻訳者の方もこの当エッセイコーナーで書かれていたが、医学翻訳、特に和英 ( 日英 ) 翻訳で苦労するのが、この 「 官僚語 」 だ。

古風でもったいぶった表現が官僚語の特徴であるけれど、それらは翻訳する上ではあまり障害にならない。難解な言葉も調べればわかるし、一度ルールを知れば対処可能である。それより翻訳者泣かせで、大きな問題なのが、構造的に崩れた文章である。例えば、 「 主語+述語 」 関係の崩壊とか。言うまでもなく英語は、きっちりとした構造を要求する言語である。

一つ例をあげよう。官僚語には 「 ?について 」 という表現が頻出する。これは意味曖昧で、その分使いやすいためか、実に多用されている。単純に英訳するとregarding…, about…, in terms of…といった単語がすぐ浮かぶ。しかし「 ?について 」はクセ者で、このどれにもあてはまらないばかりか、「 ? 」の部分が、実は主語だったりすることがある。例えば、こんな感じ。

原文 : 遊離スルフィルド基について、遊離スルフヒドリル基という記載が適切と考えられるが、確認の上、適切に修正してください。

拙訳 : The term “unlinked sulfhylds” is used instead of “unlinked sulfhydryls”, which is thought to be appropriate. Please verify and correct any errors.

これは厚生労働省のお役人が新薬を申請している製薬会社相手に書いたもの。専門的な学術語が使われているが、ここでは「について」に注目してもらいたい。これを無理矢理 「 Regarding… 」として訳せないこともないけれど、執筆者の意図からは大きく外れると思う。というのもそこには、「 遊離スルフィルド基という表現があなたの書いた報告書にあって、それが私の目にとまったのだけれど、それは実は間違いで 」 といった執筆者の思考が凝縮 ( または省略 ) されているからだ。ここまで自分で解読し、意味を補正しないと訳せないのが官僚語である。

試薬
By Stephen Helms (CC)
今回は医薬品の承認プロセスから例をひいたが、こうした 「 便利ゆえに意味曖昧で多用される言葉 」は、官僚の世界だけでなく、日本人の書いた科学論文 ( 医学論文も含め ) にもわりと多い。どちらにも共通しているのは、専門知識は豊富だけれど、文章を書く行為にはそれほど注意を払っていない、という態度のような気がする。つまり 『 お役所の文章=強制的に読ませるもの 』、『 科学論文=重要なのは事実や理論 』といった暗黙の了解があり、『 わかりやすい文章 』 は二の次にされているように思えてならないのだ。お役人や研究者相手に 「 名文を書いてください 」 とは言わないが、自分のようなふつうの人間が読んでもわかる文章を書いてほしいと切実に願う。




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