英語、日本語、フランス語をつなぐ翻訳会社がお届け : フランスのパリと印象派

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印象派とパリ近郊

後期印象派
By Jason Wesley Upton (CC)


フランス語の翻訳を考えるときの前提として、フランスの文化・社会を考えるとすると、やはり印象派などについて、理解しておくことは重要であると思います。

フランスの風景画の諸流派(エコール)はフランスの特定の土地と結びついていることが多いのです。つまり特定の土地の魅力、そこに集まった画家たちに人的交流などが大きな要素を占めている、ということでして、理論よりもそちらの方が重要なのかもしれません。

印象派というと、パリ近郊セーヌ河沿いのさまざまな風景を思い浮かべます。実際、クロード・モネはセーヌの周辺の何カ所かに居住したことがあり、その土地の風景をたくさん描いたほか、晩年はセーヌの支流エプト川を少しあがったジベルニーに定住しました。また、ルノワールもラ・グルヌイエールその他のセーヌ河ぞいのいくつかのダンス場、ガンゲットとよばれる酒場などの歓楽地をよく描いています。

また、パリの近郊としては他にもシスレーがロワン川というセーヌの一支流のほとりにあるモレ=シュル=ロワンを拠点としてこの土地の風景をたくさん描きましたし、またピサロも同じくセーヌの大支流であるオワーズ川の流域をたくさん描きました。

印象派が描いたセーヌ河のほとりは現在は都市化のあおりを受け、一部を除いて往時の魅力をかなり失ってしまいましたが、19世紀には印象派の絵にあるように、たいへんおだやかな魅力に溢れる土地だったのです。

パリの近郊はじつは18世紀からすでにパリジャンたちが日曜日にハイキングにでかけてよい空気を吸いに出かけていた場所で、かなりの数の別荘も建てられました。もちろん、こうしたことができるのはパリのブルジョワでしたが、19世紀になると労働者たちも日曜日にはお弁当をもって郊外にいくことを始めます。最初は現在のパリ15区にあたるヴォージラールのあたりでさえ散歩コースだったのです(当時のパリは小さかった)。それが発展して人々は徒歩で、馬車で、船で、そして後には鉄道でセーヌのほとりにも行くようになりました。

彼らはセーヌ河でボート遊びをしたり、河畔の酒場で酒を飲んだり、ダンス場でおどったり、また川岸で昼寝をしたり、というように非常な楽しみの場所となりましたので、驚くほどの人々が集まるようになりました。またそれを狙った人たちも集まってきたのです。 たとえば、ルノワールの絵で有名な「ラ・グルヌイエール」のダンス場には驚くほどの数の人々が集まっていますし、またクールベの有名な絵の中には岸辺で昼寝を装いながら客を物色している着飾った娼婦2名を描き出しています。

この頃、19世紀の半ば頃からはもう一つ、保養地としての人気がスイスからノルマンディーへと移ってきました。それで、図式的に言うと、労働者階級はパリ近郊、ブルジョワはノルマンディーという棲み分けになりました。

印象派の絵を見ますと、あまり人のいない静かな風景が多いので見逃しがちですが、実は彼らが描いた土地は(少なくとも一部には)人々がたくさん押し寄せていたのです。

景勝地というのは、まあどこでもそうですが、最初は少数の人たちが土地の静かな魅力を発見してやってくるのですが、その土地の魅力に引かれて多くの人たちが集まり、だんだん俗化していきます。最初からの少数の人たちは近くへ逃げ出します。そのおいかけっこですが、人の集まる通俗的な場所に独特の魅力を見いだす人も出てきたりするのです。モーパッサンのような文学者さえ、セーヌのほとりに行くようになったのは、第1義的にはボートこぎが好きだったせいですが、人々の集まる場所がすきだということもあったのでしょう。彼は多数のひとが集まったラ・グルヌイエールを舞台に、背徳的な小説『ポールの恋人』を書いています。

このように人々の雑踏と静かな自然が隣接するような現象がパリの近郊にも、そしてノルマンディーにも起こりました。

現代日本の軽井沢などもそうですね。


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フランス語一口メモーーガンゲット

「ガンゲット」というのは、ルノワールなどの絵に出てくるパリ近郊の田舎やセーヌ沿いにあった酒場のことを言います。

もともとはパリなどの都市の市門のすぐ外にあった酒場を言います。市門の外にありますと酒の入市税がかかりません。お安いお値段で酒を提供できたわけです。それを目当てに 市内から飲んべえたちが集まってきたわけです。

パリの市門の外のガンゲットでいちばん有名だったのは、おそらく北のモンマルトルの坂のあたりにあった店たちです。当時のモンマルトルはまだパリの市外でした。こうしたところにあるガンゲットは客をさらに集めるためにダンス場をつくったり、演し物をやったので、非常にはやったわけです。こうした流れを受けて、モンマルトルにはその後有名なキャバレ等がたくさんできました。

セーヌ河沿いにできたガンゲットも似たようなものです。水辺にあるので、ガンゲットを拠点として水浴び、つりもできる、ボート遊びもできる、酒も飲める、ダンスもできるというのでセーヌ沿いの一大娯楽のセンターのような働きをするようになったようです。 こうした遊び場に遊びに行くのはとてもスノッブでシックな行為と見なされていたようで、その華やかさはわが国のバブル時代のディスコのようなものでした。


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